アラサー女の喜怒哀楽日記

日常をつらつら書いています。

出産の記録〜まさかの帝王切開〜

息子無事に産まれました👶🏼❤

8月1日 15時51分 3672グラムでした✨✨

 

f:id:diarynikoniko:20210803131445j:image

 

今日はその記録です✏️

 

 

前の記事で前駆陣痛が酷いことは

書いたと思いますが

その後、8月1日0時から一気に痛みが加速。

 

物を握りしめて耐えたり、

声を出して堪えるレベルまでになりました。

 

痛みの間隔は4分から5分くらい。

痛みのつづく時間は50秒くらいでした。

 

これは陣痛なのか、前駆陣痛なのか分からず

とりあえず寝ずに、ひたすら6時間耐え、

朝の6時に。

(もう3回返されてるのがトラウマになっていたが、もう正直何回でも行っていいと思う。)

 

そして、体を起こそうとした瞬間に破水。

直ぐに、病院へ!!!

安全運転な父が車を出してくれたが

少しの揺れでも痛くて痛くて喚く。

 

 

病院につき、直ぐに診察。

子宮口は、2.5センチ開いていて

赤ちゃんも下がってきているので

進み早いよー!と、助産師さんに言って貰えて

頑張るきがわいてきた。

 

 

それからひたすら我慢して12時。

本陣痛開始から12時間経過。

それでも子宮口が4cmしか開かない。

促進剤も、子宮口がやわらかくなる

注射も投入。

ブスブス注射を打たれたけれど

本陣痛に比べれば全然痛くなかった。

 

そして12時からさらに陣痛の痛みが加速。

痛みの感覚も1分から30秒くらいに。

ベッドの上で泣きわめくしかなかった。

自分がこんなになるなんて思わなかったけど

もうどうしようもなかった。

呼吸法なんて全く出来なかった。

 

 

ぼやける視界の前に、NSTの機材が目に入った。

ユニットの数値もとっくに100にいっていた。

 

そこからさらに2時間を経過して14時。

この2時間が多分人生で1便長く

辛く、痛すぎる2時間だった。

 

立ち会いの母を呼んでくれ

母は、ひたすら腰をさすってくれた。

ハンマーでひたすらぶん殴られるような

痛みが次々おそってきたのと、

息子が降りてきたいといっているかのように

おしりもガンガン痛くて

助産師さんが、「腰を押して、おしりを支えてあげて!!」と母に指示してくれたおかげだった。

 

 

 

 

全く開かない子宮口と、

私の熱が39度を超えたこと、

(破水した部分からの感染症だったらしい。)

このままだと胎児が危険なこと、

3日間寝てなく体力がないことを考慮し

帝王切開へ。

 

「よく頑張ったね!!もう痛みも消えていくよ!!

本当に頑張りやなお母さんだよ!!」

助産師さんが大声で励ましてくれた。

 

私も母も、思わず泣いた。

 

そして、そこからは麻酔がはいり

何度か陣痛も来たけど乗り越え

手術室にはいり、帝王切開START。

 

 

体の感覚はないが、意識はなくて、

でも体を沢山引っ張られてる感覚があり

気持ち悪かった。

 

そしてお医者さんの

「お腹も子宮もかなり大きいな。。。」の

一言も聞こえた。

 

そして、あっという間に息子誕生!

一瞬だけ合わせてくれて、あとは

直ぐに、バタバタと息子の処置に入ってくれた。

 

私も安心して、涙が溢れたと思った途端

ガタガタと震えだし、盛大に嘔吐して

意識が無くなってしまった。

 

覚えてるのは、母が

「よく頑張ったね!!!生まれたよ!もう大丈夫よ!!」と、声をかけてくれたことだけ。

 

おそらく手術室からでてきた時に

声をかけてくれたんだと思う。

手術時間30分くらいだったみたい。

 

そして、気がついたら

夜の20時30分だった。

 

なぜ、子宮口が開かなかったかというと

息子が大きすぎたかららしい。

検診の時は3280gと言われたのに、、、。

まぁ、私の時も4200gで、母が帝王切開

産んでくれたので遺伝かもですね。

 

 

とまぁ、

壮絶すぎる出産だったけど

ほんとうに家族に感謝してもしきれない1日だったし

旦那にもたくさん心配してもらって

何故か病院来れないのに心配過ぎて

仕事早退したとか訳の分からないこと言ってたこともすべて愛しくて。

 

しんどかったけど、涙があふれるくらい

幸せな時間だった。

 

陣痛+帝王切開の後の怖さは

次の記事へ続く(*´꒳`*)♥️笑